消費税率引き上げによる消費者物価上昇率の押し上げは一時的なものであるということを政府も認めています。
なぜなのでしょうか。
消費税が上がることによって、消費者が出すお金の実質価値は少なくなる。
企業側は消費税をのせて利益を確保したいが、消費者のだす実質価値に見合うようにするためには、 物やサービスの質を削ったり、量を少なくしたり、
生産性を上げたり、人件費を削ったりしないといけない。
一般的には人件費のカットをする。
消費税が増えても、消費者が支出できる金額は増えない。
すると企業はそれに見合う価値を売るために負担をしないといけない。
消費税は、今までより付加価値を安い値段で取引することを強制している。
消費税は、努力して向上させた付加価値をデフレ化させているのです。
つまり、消費税は、日本人の労働価値をデフレ化させているのです。
工場では日々社会によいものを作ろうとしているにもかかわらず。
消費税が昨日と今日で違うからといって、パン職人が、パンを焼くためにすることはかわりない。
消費税を払うのはしかたないのでしょうか。社会保障のためのリソースが必要なのは理解する。また、大企業の貯金に溜まっているとも聞く。
貯金とはなんでしょうか。貯金があることによって何が得られるか。
「貯金の量というのは、将来、国民が産出するリソース、実質価値を受け取る量を相対的に位置づけるもの」だと思う。
相対的に位置づけるというのがポイントで、MMT派の社会福祉は、相対的に所得の低い方をかさ上げさえすれば、格差は縮まるという考えに近いと思う。
でも全体のお金を増やすのは、外国からするとお金の価値が薄まるように見えるため、突然、取引で高い金額を提示されたりする可能性がある。
そうなるとやっぱり溜まっているところからとるしかないのではないかとも思える。
お金という数字、お札という紙は個人のもの、企業のものかもしれないが、国民が産出するリソース、価値は国民のものではないだろうか。
リソース配分の大枠は国民が決めることができるべきではないだろうか。
お金をもっている側からするとそれを国民が認識しないのは好都合。
お金を持っていない側は手元の働いた対それだけが価が全てで価値を受け取る権利だと思っている。
全体の実質価値の総計を最大化するためには、富をもっと平準化することが必要。
将来的にそうなる仕組みが必要だと思う。
企業は株主のものだとか、もっと広い意味でとらえて利害関係者のものだとか言われる。
でもそうでしょうか。
「企業に貯められたお金に対して将来与えるリソースは国民のもの。
社会システムが存続の危機にある時、大まかなリソース配分は、国民が決める権利がある。」
が正解ではないでしょうか。
企業という収益マシーンが存続し、収益したお金をずっと溜め込むことができる環境では、格差は常に開いていく。
企業間の競争は必要だし、悪いことだとは思わないけれども、配分バランスが悪すぎると社会が維持できなくなる。