流通貨幣が少なくなると、何が起きるだろう。
言っている意味は、例えば初任給20万ぐらいの社会だけれども10万にして経済を回す方向になった場合、
今の給与を半分にして、すべての売り物を半分にして。そういう状況に徐々に違づけようと政府主導で行った場合。
(ありえないけれども)
それぞれ今より稼ぎが少なるなるので、少ないサービスで対価を得るようになるだろう。
100万円でしていたサービスの料を少なくしてつり合いを持たせる。
板チョコの大きさが小さくなって同じ値段で売るように。
儲けが少なるなるので、人々は自粛ムードに傾く。
お金は使わずもっていたほうが得になる。
社会的に投資が行われないのは問題だ。
経済弱者を救うのも必要だが、投資も行われず、世界に取り残された国として生きていくのも問題である。
先進国でなければ、そもそも十分に経済弱者を救うことができなくなる。
お金だけすれば解決するだろうか。
例えば退職した人の年金を倍にして、お金を擦りまくるとか。
実質的サービスはあまり増えず、退職した人ばかりがお金をもつのは不健全に思える。
「よき納税者をつくる」という言葉をとある人が言ったが、方向的には間違っていないと思う。
生活を豊かにするサービスの量を最大化するように人々の行動を誘発するにはどうしたらよいのだろう。
よき事業者をつくることのようなイメージになる。事業するだけの人を事業者と呼ぶが、
もっと広い意味で社会でよい働きをする人々、および共同体を最大化できるようにお金の流れをつくること。
その行動者を事業者、活動者とここでは呼びたい。
その新陳代謝のような経済活動が、常に行われることが、必要。
特に技術は現代においては、金脈のようなもので、奪われないように守り、積極投資の攻めが必要。
学校教育でもその意義が十分認識されてるとはいえない。
格差是正だけが目的となってお金がある人、共同体から取り上げ、ばらまいただけで、良い活動への誘発(広い意味の投資)が減るのであれば、世界から遅れていく国になってく恐れがある。長期にわたって停滞しかねない。
お金を配ることはいろいろとバランスの上で行われる必要がある。
その活動は、弱者救済の名目でお金の取り合いだったり、利権と呼ばれることもあり、お金だけが目的化すると
何が行われるべきかがわからない状況になるだろう。